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最初の休憩を終えたスキーバスは、23時40分きっかりに京都を出発した。
次の停車駅はJR草津駅西口のバスロータリー。到着予定時刻は午前0時30分。
スキー客は静かだった。
社長一行は目立たぬよう、ちょびちょびと酒を飲んでいる。
23時55分を過ぎたあたりから、あちらこちらで鼾が聞こえ始めた。社長は腕を組んだまま目を閉じている。誰が持参したのか、温かそうなブランケットが社長の膝に掛けられていた。同行の社員は口を開けたまま、夢心地になった。
高速道の追い越し車線をひたすら走り続けるスキーバス。窓外で時折覗く人家の灯りが、過去の自分へとタイムスリップさせた。
◆
商社勤務の二十代。朝から晩まで仕事に明け暮れた。生き馬の目を抜く商社の世界で、一分足りとも息が抜けなかった。家族を顧ない毎日。疲労困憊で深夜に帰宅、妻との会話が無くなった。たまの休日も優しい言葉すら掛けてやれないほど、精神的に参っていた。
三十路になったとたん圧し掛かる仕事の重責。仕事と家庭のバランスが完全に崩壊した。海外出張が多くなり、この悪循環は断ち切れなかった。妻は実家に帰り、その数ヶ月後離婚。会社でも一匹狼のレッテルを貼られ、新規開拓と銘打って僻地に出張させられることが多くなった。
唯一己を支えたのは《孤高の精神》だった。孤独を紛らわす自らへの正当化。これでもなければ出張の嵐には耐えられた。
そんな或る日、南米で私を変えた出来事があった。
場所は赤道直下の南米エクアドルの首都キトー。日曜の昼下がりの瀟洒なレストラン。
私の左隣のテーブルに金持ち風の家族が4人連れで座っていた。左斜めに目を向けると、大柄な男が2人、家族を見守るように立っていた。金持ちを狙った誘拐事件が後を絶たないため、ボディーガードを雇うのもそんなに珍しいことではなかった。
暫くして猪首で小柄、太った父親が子供2人に「アプーラ・テ!」スペイン語で、早くトイレを行っておいで、と促した。
母親が5、6才の息子と娘を立たせ、トイレに連れて行く。テーブルに父親がひとり残った。
母子3人の背中が視界から消えた瞬間、ボディーガードのひとりが突然床に倒れた。
慌ててもうひとりのボディーガードが拳銃を抜く。
「プシュッ!」
もうひとりのボディーガードにも命中。ドスンッと倒れた。
マシンガンを持ったフル装備の男が5名、厨房、入口のドア付近、テラスから姿を現し、同時にレストランの客を装った男性が2名、1名はボディーガードに、もうひとりは父親にそれぞれ照準を合わせていた。
手錠を掛けるまでの時間わずか30秒。
「ジャー・バスタ!」もういいだろう。急襲したリーダー格の男が呟いた。
父親はレストランに横付けされたRV車に連れて行かれた。倒れたボディーガード2名は、隊員たちに担ぎ出された。
私はすぐさまレストランのオーナーに訊いた。急襲部隊は誰なのか、と。
口髭を蓄えた50前のオーナーは、連行された男は南米テロ組織の大物で、急襲したのは対テロ特殊部隊のGEOだと教えてくれた。
私は今までに経験したことの無い震えを感じ、身体の隅々まで血液が流れるのを感じた。
(つづく)
最初の休憩を終えたスキーバスは、23時40分きっかりに京都を出発した。
次の停車駅はJR草津駅西口のバスロータリー。到着予定時刻は午前0時30分。
スキー客は静かだった。
社長一行は目立たぬよう、ちょびちょびと酒を飲んでいる。
23時55分を過ぎたあたりから、あちらこちらで鼾が聞こえ始めた。社長は腕を組んだまま目を閉じている。誰が持参したのか、温かそうなブランケットが社長の膝に掛けられていた。同行の社員は口を開けたまま、夢心地になった。
高速道の追い越し車線をひたすら走り続けるスキーバス。窓外で時折覗く人家の灯りが、過去の自分へとタイムスリップさせた。
◆
商社勤務の二十代。朝から晩まで仕事に明け暮れた。生き馬の目を抜く商社の世界で、一分足りとも息が抜けなかった。家族を顧ない毎日。疲労困憊で深夜に帰宅、妻との会話が無くなった。たまの休日も優しい言葉すら掛けてやれないほど、精神的に参っていた。
三十路になったとたん圧し掛かる仕事の重責。仕事と家庭のバランスが完全に崩壊した。海外出張が多くなり、この悪循環は断ち切れなかった。妻は実家に帰り、その数ヶ月後離婚。会社でも一匹狼のレッテルを貼られ、新規開拓と銘打って僻地に出張させられることが多くなった。
唯一己を支えたのは《孤高の精神》だった。孤独を紛らわす自らへの正当化。これでもなければ出張の嵐には耐えられた。
そんな或る日、南米で私を変えた出来事があった。
場所は赤道直下の南米エクアドルの首都キトー。日曜の昼下がりの瀟洒なレストラン。
私の左隣のテーブルに金持ち風の家族が4人連れで座っていた。左斜めに目を向けると、大柄な男が2人、家族を見守るように立っていた。金持ちを狙った誘拐事件が後を絶たないため、ボディーガードを雇うのもそんなに珍しいことではなかった。
暫くして猪首で小柄、太った父親が子供2人に「アプーラ・テ!」スペイン語で、早くトイレを行っておいで、と促した。
母親が5、6才の息子と娘を立たせ、トイレに連れて行く。テーブルに父親がひとり残った。
母子3人の背中が視界から消えた瞬間、ボディーガードのひとりが突然床に倒れた。
慌ててもうひとりのボディーガードが拳銃を抜く。
「プシュッ!」
もうひとりのボディーガードにも命中。ドスンッと倒れた。
マシンガンを持ったフル装備の男が5名、厨房、入口のドア付近、テラスから姿を現し、同時にレストランの客を装った男性が2名、1名はボディーガードに、もうひとりは父親にそれぞれ照準を合わせていた。
手錠を掛けるまでの時間わずか30秒。
「ジャー・バスタ!」もういいだろう。急襲したリーダー格の男が呟いた。
父親はレストランに横付けされたRV車に連れて行かれた。倒れたボディーガード2名は、隊員たちに担ぎ出された。
私はすぐさまレストランのオーナーに訊いた。急襲部隊は誰なのか、と。
口髭を蓄えた50前のオーナーは、連行された男は南米テロ組織の大物で、急襲したのは対テロ特殊部隊のGEOだと教えてくれた。
私は今までに経験したことの無い震えを感じ、身体の隅々まで血液が流れるのを感じた。
(つづく)

